服従の心理 〜アイヒマン実験〜

服従の心理―アイヒマン実験 (河出・現代の名著)

服従の心理―アイヒマン実験 (河出・現代の名著)

 社会心理学の有名な実験を挙げろと言われれば、ジンバルドーの監獄実験、ミルグラムの"六次の隔たり(Six Degrees of Separation)"の実験あたりと並んでこの実験も挙がってくるのではないだろうか。
 ナチスの高官だったアイヒマンは戦争裁判中、「ただ上官の命令に従っただけだ」と主張し続けた。これは個人の残酷な性質によるものなのか、それとも人間の性質に基づくものなのか。権威に従う人間の心理を示したのがこの実験だ。
 新聞広告で、「記憶に関する実験」の参加者が募集された。参加者は、実験者のサクラが演じるもう一人の参加者とペアを組み、「学習における罰の効果」の実験に参加するのだと説明される。
参加者とサクラはくじ引きで、「生徒」と「教師」に分けられるが、実際は参加者は必ず「教師」が割り当てられるように仕組まれている。
 参加者は、まず「生徒」役の参加者が受ける45ボルトの電気ショックを流され、電気ショックの痛みを経験する。その後、「教師」と「生徒」は別々の部屋に分かれて実験を行う。これは、二つの単語の対のリストを読み上げ、その後、対になる単語の一方のみを読み上げられた時に対応する単語を4択で答えるというものだ。「教師」は「生徒」が間違えると相手に電流を流し、一問間違えるごとに電流の強さを上げていく(実際は、参加者には知らされていないが電流は流されておらず、サクラは痛そうな演技をしている)。電流がある強さを超えると「生徒」はどんどん机を叩いたり、「実験をやめたい」などと叫ぶ。最後には、「生徒」は何も答えなくなる。
 自分だったらどうするだろうか?
ミルグラムの周囲のほとんどの人は、「最高の強さまでショックを与える参加者は非常に少ないいだろう」と予想した。しかし予想に反し、最大の強さまでショックを与える被験者のほうが多数だったのである。
 ミルグラムは条件を変えた実験を繰り返し、「個人の残酷さ」ではなく、命令がその場で十分な権威をもった人から発せられたか、が参加者がショックを与える程度に影響することを明らかにした。参加者の大部分は実験後のインタビューで、ショックを与えつづけることは非常なストレスだったが、実験者の指示があったので仕方がなかった、と説明した。
 アイヒマンが特別に残虐だったわけではなく、誰もが"命令に従って"虐殺を行う可能性が示されたわけだ。
 数年前に絶版になっていた翻訳が再版されたので読んでみたが、これまで要約で知っていた内容が地道な実験の積み重ねで出された結論だったことが納得でき、科学的な議論の積み重ね方として参考になった。
ただ、細かい実験手順を読んでみると「そりゃその状況で指示されればそう動く人がほとんどでは」と思う点もあったが。
岸田秀のあとがきが言いたい放題で面白い。